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このサイトは、ゲーム開発、およびゲーム周辺の周辺技術や動向について日々考察し、毒舌的に物を書き続けることを通して、「ゲームの未来形」という大テーマに対して、何か考えを深められるといいなあ・・・・・・というサイトです。

2006年07月03日

ゲーム業界に広がる「映画的ゲーム→テレビ的ゲーム」という認識

小島監督も認識した「映画的ゲーム→テレビ的ゲーム」への大変化

DSを震源地としたライトユーザーブームはただのブームではなく、大きな地殻変動であり、それはかつて映像メディアで起こった「映画→テレビ」の歴史的転換期に匹敵する。過去の2つの記事で書いてきたこのビジョンが、急速に日本のゲーム業界人の共通認識になりつつあります。

たとえば、コナミの小島監督も同じような認識を持っておられるようです。テレビ的、テレビのバラエティ番組的な軽さと日常性を追求したDSやWiiが多くのユーザーから支持を集めることは、皮膚感覚として感じ取っているみたいですね。世の中の変化についていけず、本質的な変化を「一過性のブーム」と断じるゲーム開発者が少なくない中、変化を鋭敏に察知するセンスはさすがの一言。

けれども小島監督は周知のように大の映画好きで、映画的なゲームの制作者です。『MGS4』をPS3向けに制作している小島監督にしてみると、現在のPS3不利の状況、「映画→テレビ」への大転換は好ましいとはいえません。そのため、たとえ世の中の状況がどうあっても、映画的なゲームを作り続けたいという決意を宣言したようです。
わぱのつれづれ日記: 「Wiiはテレビ、PS3は映画」 by 小島秀夫氏

* PS3は映画館、Xbox360はDVD、WiiはTV。
* DSやWiiのゲームは今のTVのよう。人気があるからと言ってバラエティ番組ばっかりでいいのか。もっと映画的なものを目指さないと。
* PS3バッシングがあるが、それでみんな本当にいいのかと。PS3みたいな道を切ってしまうと、もう伸びない。
* 映画業界でも、昔お金をかけた大作が売れない時代があった。そんな状況でポセイドン・アドベンチャーは大作として作ろうとして反対されたが、自ら資金をかき集めて作り、大成功した。そういう例もある。
* ただし、現時点ではPS3は高い。アンケートの反応を見ても厳しそう。
『ポセイドン・アドベンチャー』の例を出しているように、自ら資金をかき集めてでも作りたい。その意志はさすが。日本の映画産業人も、かつてテレビが台頭してきた折、このような境遇に陥ったのだと思います。そしてテレビを批判し、映画に金をかけようと必死に訴えたのでしょうね。しかし大多数の日本人がどちらを選んだのか。ボクたちはその結果を知っているわけです。


必死に泣き叫ぶも、離れていく人々は振り返らず

これから日本のゲーム開発者は、一時的に「映画派」と「テレビ派」に分裂していくのかもしれません。
そして急速にユーザーの支持を失いつつある「映画派」のクリエイターは必死になって「テレビ派」を批判するようになるでしょう。かつての歴史を知るボクたちは、その悲しい末路を予想済みです。おそらく彼らも悟っています。だから余計に、必死に、噛み付くのです。先月、とあるゲーム開発者が「岩田社長は胡散臭い」だの、「岩田社長は秋元康」だの、何の論理性もない批判を行いました。そのブログのコメント欄には、批判が殺到し、一晩で文面は180度正反対なものに書き換えられました。書き換えられる以前の文章の一部を引用します。

だいたい、最近、岩田発言が胡散臭い。まったく新しい体験だとか、ゲームの未来とか、ゲーム人口拡大だとか、胡散臭いことこの上ない。なんだそれ。あーあれか、あなたは秋元康か?

ボクが言いたいのは1つです。
かつて映画人がどれだけテレビを批判しても、大多数のユーザーはテレビを支持しました。そして口から唾を飛ばし、必死にテレビを罵る彼らは、尊敬を失い、ますます自分たちの拠り所を失っていったのです。日常的な映像娯楽として、人々の間に浸透していくテレビ。それに対して彼らがすべきことは、ただ素晴らしい映画を生み出すことだったはずです。それができないなら、泣き喚くよりは沈黙のほうがまだマシでしょう。

去年顕著になった「据置→携帯」へのシフトも、たまたまDSが存在しているからそう言えるのであって、もし無かったら「ただの第2次アタリショック」だったわけです。据置ゲームに飽きた人は携帯ゲームが無ければ、単にゲームそのものから離れていくだけです。「ゲーム離れ」とはそういうものです。PS3が支持を失っているのはPS3の問題であって、DSやWiiやXBOX360が原因ではありません。他のゲーム機があっても無くても、ユーザーは欲しくなければ買いません。そんなこともわからないゲーム開発者は、ゲーム機が注目されていた10年前の感覚を引きずっているのでは? 時代錯誤もはなはだしい。


日本のコンテンツの中心はテレビ的なるもの

米国のメディア産業の中心はハリウッドの映画産業、日本はテレビ局、とよく言われます。これはそれぞれの地域の消費者の特性を表しているのかも知れません。日本では「据置→携帯」シフトが鮮明になり、インタラクティブな映像メディアであるゲームもテレビ的な方向へ大きな一歩を踏み出しました。

その特性を挙げてみましょう。

  • 話題性を提供し、話題性を重視する内容
  • 毎日触れるメディア
  • 安価あるいは無料なメディア
  • 日常的にコンテンツが更新される
  • 気楽に楽しめる
  • 「ながら」で楽しめる
  • 家庭の中心であり、個人にもっとも近いメディア
  • 制作費が(映画に比べると)安い
  • 短期間、低予算、ネタ重視のコンテンツ制作
  • 地域色が強く、海外との競合が(映画と比べると)相対的に少ない
  • ユーザー数はパワーという論理
  • 大多数のユーザーに支持されている
これらの特性は、テレビと携帯ゲームの両方に共通しています。またいわゆる「ゲーム2.0」(脳トレ、nintendogs、どうぶつの森、・・・・)における諸々のポイントにも合致します。さらにいえば、ハンゲームに代表されるミニゲーム+アバター。またWeb2.0とオンラインゲームの融合も、こちらの方向性です。

このブログを読んでいらっしゃる方は多岐に及びます。ゲームではなく、アニメやライトノベルに興味のある方、ゲームが大好きな方、ゲーム業界の人々。そして中には、ゲーム会社や開発スタジオの経営者やマネージャー、アナリストの方々もいらっしゃいます。そうした方々からメールをいただくこともあります。日々このような拙文をご愛読いただきありがとうございます。さて、皆様方に申し上げたいのは、もはやゲーム産業の未来は示されつつあるということです。

日本のコンテンツ産業の中心は映画会社でしょうか、テレビ局でしょうか? これからTBSに、日テレに、フジテレビになるのは一体どこのゲーム会社でしょうか? かつて日本のゲーム会社(旧スクウェア)は映画に多大な資金を投入して経営破たんを起こしましたが、映画的なゲームの制作に熱心な会社に投資すべきでしょうか、それともテレビ的なゲームに路線変更した会社に投資すべきでしょうか?
勘のいい方はすでに感じ取っていることと思います。まさしく2006年こそ、ゲーム産業2.0、ゲームビジネスの新しい始まりの年なのです。


補足

ところで「映画派」のゲーム開発者は、多大な資金を使い、結局は日本映画のように衰退するのでしょうが、それでオシマイなのでしょうか? いいえ、そうではありません。今、日本の映画界が少し元気を取り戻していますね。テレビ局主導の映画作りによって日本映画が復調しつつあるように、いずれは「テレビ派」のゲームが、ゲーム会社が、ゲーム制作者がその骨を拾い、残骸を乗り越え、未来を切り拓いていくことでしょう。映像メディアの過去から現在に至る歴史が、ゲーム産業の未来を指し示しているのです。

Posted by amanoudume at 2006年07月03日 21:57 個別リンク
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コメント

 こういうのに乗り遅れてる、俺のようなユーザーは任天堂等にとってお払い箱って事かなぁ。いまだにそれなりに大作ゲームは買ってしまうしね。
 携帯ゲーム機だけってものねぇ。
 ハルヒにもついていけませんでしたし、24歳には辛いですああいう物語は。

 据え置きゲームにしろ、携帯ゲームにしろ任天堂以外に未来はないのかなぁ。それなりにPS3もすきだし、PS2も悪くないと思っているので。

 こういうのは感想というより、愚痴になってしまいたね。しつれいしました。

んー。まぁ衰退していったとしても、日本映画を愛して映画館に
通い続けた人はいらっしゃるわけですよね。本当に好きなら、
衰退するかどうかは無関係でしょう?

ユーザー数が減ったとしても2Dシューティングの愛好家はいますし、
作るメーカーも存在するわけですよ。さすがに最近は辛いのか、
萌えに走ってはいますが。でも好きなら愚痴る必要はありませんよね。

けれども、申し訳ありませんけども、このブログの論点は市場や
大多数のユーザー、ビジネスの動向を分析することにあります。
結果的に「乗り遅れてるのかなあ・・・・」と感じる人もいらっしゃる
かもしれませんが、好きなら構わないんじゃないでしょうか。

流行ってるから、ユーザー数が多いから、好きだったわけでは
ないのでしょうし。無理についていく必要もありませんよね。

今はまだ「転換期」ですからね。
任天堂にしても、いまだにゼルダなんかを出そうとしているわけで。
ボクなんかは、まだそんなの作ってるんだって思いますが。

ボクは遊ぶ時間も無いし、気力も無いし、買うつもりはゼロですが、
まぁ日本にはまだああいう物を欲しいと思う人だって、数十万人は
いるんじゃないですかね。そりゃ脳トレやぶつ森やNewマリオの
売上からすれば、ささやかな数ではありますが。

小島さん(コナミ)はPS3に投資しすぎて、動きが取れず、苦し紛れの発言だと思うね!! 勿論、Wiiの注目度の高さも含めて!!

PS3で出すなら、コストを和らげるべく、大人の事情が無い限り、PCや360でもマルチで出すべきと思うね!! PS3だけが映画的なんて可笑しい!!

Wiiがテレビ的というが、ゼルダなんか見てると、映像的にも高水準!! 安く開発できるなら、無理してもWiiにもマルチするのもOK!! Wiiは万能マシンかも!!

結局は映画的であろうとテレビ的であろうと「芯のある作風をしているメーカーはなんとか生き残る可能性が高い」ということでしょうか?
 それこそ数年前は「任天堂は終わった」「完全にゲームのプラットホームの中心から離れてしまった」扱いされてましたが、基本的にはあくまで「ゲームらしいゲーム」を作り続けた結果が今に繋がっていると思います。

 もしかしたら今、逆境のソニーもPS初期のようなチャレンジ精神を忘れなければ、再びよみがえる気がします。やはり「重厚長大」には人をひきつける魅力はありますし。

 もっとも、その逆境期間を生きながらえる前に倒産する会社も少なくないですけどねえ(W

>水無瀬千鶴さん

任天堂がライト層を引き付けるのは、長期的にはコアゲーマーにとっても良いのではないでしょうか。私はライト層の流入が多くなるほどコアゲーマーの数も増えて行くと思います。そうなれば当然コアゲーマー向けのゲームも増えるでしょう。要は全体のバランスの問題であって、ゲーマー向けに偏り過ぎて入り口が極端に狭くなった市場の反動(自浄作用)が、今回の任天堂隆盛の流れに繋がっていると思ってます。

自分の愛するジャンルが華やかな主流でなくなるは辛いでしょうが、栄枯盛衰は何にでも有るから仕方ないじゃないですか。二十年前から任天堂一筋だった私も、PSシリーズの隆盛によってどれだけ辛い思いをしたことか(笑)。今は任天堂にスポットライトが当たっていますが、また転落することもファンとして覚悟していますよ。

>DAKINIさん

ゼルダは旧来のコアゲーマー向けに見えますし、それは正しいのですが、それだけではないと思います。ゼルダ等の重厚長大なゲームは、新規に流入したライト層の中で継続的にゲームに興味を持ってくれそうな人、所謂「コアゲーマーになるかもしれない人」を対象にしている側面が有ると思います。片方でライト層の拡大を図りながら、もう片方でライトゲームに飽きた人へのセカンドチョイスをシッカリと用意している任天堂にしたたかさを感じます。

同時に任天堂の凄さと恐さと素晴らしさは「古いものを捨てない」という所に有ると思います。(土地柄なんですかね?)「新しい=善い」「古い=悪い」という二元論的な発想が無いです。有名な『枯れた技術の水平思考』を、アイデアやキャラにまで適用し、古いものを新しく生まれ変わらせることをしょっちゅうやっているのは有名ですよね。時代の流れに乗る重要性と、敢えて時代を無視する重要性の双方を分かっているんでしょう。宮本茂氏も今週号のファミ通で言ってますよね。「先端の技術と枯れた技術が混在している状態が好ましい」と。

任天堂は新しい流れを声高に喧伝しながら、同時に古い流れを自覚的に残しているのが凄いと思います。そもそも時代が一回りすれば古いものが新しくなるんですから。だから今は、社風が変わる気配が無く次の時代に乗り遅れそうなスクエニに注目してます。「次の次の時代にはスクエニが何かやってくれるかもしれない」と。

以上、任天堂ファンの戯れ言でした。

まぁ映画は大きなスクリーンと臨場感あふれる音響の
映画館で楽しみたい、という映画マニアもそりゃあいるでしょう。
が、そういった一部のマニアがいる反面、
もうみんな今は家のテレビで見ちゃってる訳で。

口うるさいオーディオマニアを押しのけ
手軽に音楽が聞けるipodがなぜブレイクしたのか
考えてみればよくわかることです。

そもそもハリウッド的なもの作りを目指しても
もう駄目でしょう。体力勝負になると規模が違いますから、
同じ路線にのっかってもじわじわと離されるだけです。

技術の遅れなんて強迫観念にかられてないで、
独自性で勝負すりゃあいいんですよ。
幸いそういった土壌も出来つつありますしね。

限られた制約の中でしっかりと良いものを作りあげる。
これでさえ出来ないメーカーが多い。

人の価値観や生活スタイルが変わってきてるのにも関わらず、
未だにバブル時代の古い価値観しか持てないクリエイターこそが
もはや時代遅れでしょう。

>ysaさん

はい、ファンのコメントありがとうございました。
うちのブログでは程ほどに控えてくださるとありがたいですね。

捨てるべきものを捨てられずに滅んでいく企業が圧倒的に多い
わけで、まあ物は言いようですね。枯れた技術と枯れたジャンルも
意味が違うわけで、意図的に混同しておられるのでしたら、もはや
あなたはこの場に議論しにきたのではない、ただの宣教師に他
なりません。以後、お気をつけを。

さて市場の現実を分析するのがうちのブログの考えです。とはいえ、
水無瀬さんにしても、ysaさんにしても、ファンの心理というものを
非常によく代弁してくださいました。けれども、そのような心情的な
議論では、現実のマーケットは何も分析できないのが真理だと
ボクは思います。さようなら。

性能でWiiより遙かに劣るであろうPS2で大作を作れているのに、性能がずっと高い
Wiiで大作を作るという選択肢が小島さんの頭にないのは何故なのでしょう。
不思議な発想をしているように感じます。

そういえばアメリカの場合、映画の見るにしても日本よりも安いという話を聞いた事があります。

自分も学生の頃は
「映画に金を出すのはもったいない。」と思っていましたが、最近は映画の日や前売り、チケット屋を駆使して、劇場で見ようと思うようになりました。(見ない。から安ければ見たい。への変化)

映画的ゲームの衰退には、
「ゲームソフト定価の横並びの弊害」もファクターとして捉えてもいいかなと思います。

作り手側は盲目的に
「この手のソフトは6800〜7800」と価格をつけているけど消費者はゲームにそこまでの価値を見出していないと思います。

今売れているDSのゲームも、価格的には低価格な部類です。
映画的なゲームでも手軽に購入出来るようになれば、まだ芽はあるんじゃないかなという気はします。

それがTV的な映画ゲーム…になるのかはわかりませんが。

「映画派」「テレビ派」という対照を持ち出されると、自分には過去の日本の「映画」がどういう衰退を辿ったかが記憶によみがえります。

アメリカでタワーリングインフェルノやスターウォーズが大ヒットするなど、巨額予算+スペクタクル超大作志向に傾いていった頃、日本の映画界は「日本にもゴジラ、ウルトラマンで培ってきた特撮技術がある!」とスターウォーズの真似ッこ宇宙大作映画を作ったりもしました。

で、まあ衰退に拍車をかけたわけですが。日本人が日本語喋って宇宙に飛び出して未来的なヒーロー像を描こうとしても見ている観客が燃えないわけです。日本の映画に観客が期待しているものと違う。。。。マーケティングの基礎である「顧客が自分たちに求めているものはなにか?」という分析が全くなかったのだと思います。「他人に求めているものはなにか?」をそのまま「自分に求めているものはなにか?」と等価におもいこんぢゃったのでしょうねえ。

こういう過去を知っているものとしては今回の「映画派」と「テレビ派」の対照という話と、それから最近取り上げておられる「欧米追随な人々」の話題を重ね合わせて見たりもします。

「映画派」にも生き残って欲しいけど、マーケティングが「顧客が『自分たち』に求めているものはなにか?」「『自分たち』が顧客に与えられるものはなにか?」という深い考えを経たものでないと、また過去の日本の映画と同じ欧米崇拝型ずっこけ展開になるような気がいたします。

映画からTVへの移行があって
又TV的発想の映画によって
映画が元気を取り戻した今を見るに付け、
結局、コンテンツの内容が
面白いかどうかって事に尽きるのかな。
DAKINIさんのエントリーにあった
ストーリーの進化がその復活のキーなのでは?
と今回のエントリーから感じました。
欧米の事なんてまったく判らないけど、
あっちのTVドラマは
映画との相乗効果というよりも、
TVならではって所に面白さを
見出して成功してますよね。
「24」とか。
小島監督の作品は少しかじった程度だけど、
やっぱりニッチ過ぎて広い層は楽しめないよな〜、
なんかいい所までは
行ってるような感じはするけどね。

 はっきり言ってDSのゲームはつまんないです。ブームだから実力以上に売れている感が否めません。
 ゲームとしてならやはりPS3の方が上でしょう。やりたいと思う。
 教材みたいなDSで教材として売れてる?体感ゲームならいろいろなコントローラ(ガンコン、つりコン等)が出ている。wiiがひとるのコントローラでいろいろな機能を揃えてたとしても、専用コントローラには勝てないし、結局、操作しているキャラに感情移入できるかどうかだからPS3を応援したいな。
 任天堂のゲームってやっぱり物足りないんだよね。佳作だけど、やはり何か足りない。

映画やテレビの歴史に忠実に従って照らし合わせるならば、
ぶっちゃけ週末、テレビで映画が放送されるように
テレビ的だと言われるWiiでも映画的なゲームは出る可能性は否定はできないでしょうね。。PS3のものがしばらくしたらWiiに移植やらなんやらもあるかも。
WiiやDSである手軽で短時間で遊べるゲームに肥えて、長くて飽きのこないゲームに需要が集まれば
映画的なゲームも盛り返す時期が来るかもしれないという考えもできますね。

「岩田社長は秋元康」
は岩田社長本人にとってむしろ褒め言葉のように聞こえる。
なぜなら、今でも老年層に心の歌扱いされる「川の流れのように」って美空ひばりの歌の作詞は秋元康で
DSの成功は老年層にまでゲームを広めることができたことを暗示しているから

個人的には今回の「転換期」は
若いクリエイターが成り上がる好機と今までのゲームについていけなかったファミコン世代のクリエイターに敗者復活の機会を与えるとおもう。
元ナムコの遠藤さんなんてそれで息を吹き返した印象がありますので

今回の記事はなかなか反響が大きいですね。アクセス数もけっこう
上がっています。

>makotoさん

まぁ小島監督は、PSで出世したクリエイターですし、自分のファンも
PS系に多いと読んでいるんだと思います。マニアックな人気を誇る
人ですし、PS3を選ぶのは当然といえます。その他の理由はすべて
リップサービスでしょう。まーWiiを外すのはいいんだけど、360を
外したのは、MGSシリーズが欧米で人気が高いことを考えると、
馬鹿馬鹿しい判断です。

>BAN/ さん

結局、いまだに「ゲームは娯楽の中のOne Of Themにすぎない」
ことを理解できない/したくない人が意外と多いのだと思います。
ゲームが好きでゲーム開発をしている人が多いので仕方ないとは
いえますが、正直ずれっぷりが痛々しいですね。

ゲームから離れていく層を大切にしても仕方ない、ゲームにずっと
付いてきてくれるヘビーユーザーを大切にしよう、彼らに向けて
ゲームを作ろう、という事を主張している人たちというのは、結局
自分たちと同じような人間に向けてしか物を作れないのですよね。

ゲーム離れという現実を認めたくない、悲しい行動。しかし、そう
やって彼らがマニア向けに重点を置いてみても、一方的な求婚は
ものの見事に振られてしまいました。それが現状の据置ゲームの
崩壊だと思います。

>ぶらりんさん

自分たちの路線を自分で決められない人が多かったのでしょうね。
そしてゲームもそういう人が結構いるわけです。ゲーム業界が見習う
べきは、ハリウッドではなく、むしろ家電業界あたりだと思います。

最近の新家電、商品企画力の高さは素晴らしいものがあります。
映画は結局、「日本が勝てなかった産業」で、それと同じような所を
歩んでも仕方ないんですけどね。

>whiteさん

> DAKINIさんのエントリーにあった
> ストーリーの進化がその復活のキーなのでは?

ゲームとストーリーについてはまた今度書きたいこともありますので、
お楽しみに。

といってもいつになるかはお約束できませんが。。。。

>俺 さん

コメント欄のみなさんのご意見をお読みいただければわかると思い
ますが、とても浮いていらっしゃいます。ここは2chのゲハ板では
ないので、文脈を考えずにDSを叩いても失笑を買うだけだと思います。

>Albel さん

新作ゲームが廉価版になるように、映画的なゲームがテレビ的な
ゲームの価格帯で売られる、という事はあると思います。

>さこ さん
> 元ナムコの遠藤さんなんてそれで息を吹き返した

ゲームスタジオは少し前の記事で「ゲーム産業2.0企業」として
取り上げたとおり、中小の開発会社にとっての1つの模範例でしょうね。

>makotoさん
たしかに不思議ですね。
小島さんといえば、宮本茂さんを尊敬し、
アイデアゲームを賞賛している人のように聞こえていたのですが・・・。
やはり、自分が開発責任者としてあるいじょう、ある程度営業的にトークしなくてはならないという事でしょうかね。


しかし実際、子供達はとても楽しそうにDSでいろんなゲームをやっています。よく見かけるようになりましたね。
この一点だけ見ても、「DSのゲームは
教育ソフトブームに乗っただけで実際は面白いゲームがない」という批評が表面的な批判に過ぎないことが分かります。
やってもらえない他機種に、一体何の面白さも価値もあるのか?何百万人というDSゲームの購入者達が、みんなブームだけでものを買っているのか、それはあまりに、視聴者みなを馬鹿にした意見でしょう。

>日本のコンテンツ産業の中心は映画会社でしょうか、テレビ局でしょうか?

Web2.0的に言うのであれば、
http://adinnovator.typepad.com/ad_innovator/2006/06/post_11.html
で言われるように「あなた」ではないでしょうか?
キーを押さえる会社は幾つも現れては消えると思いますが、やはり最後にして最初はユーザーがコンテンツの源だと思います。


そして、上記の発言を受けて、裏付けや確たる考えのない雑感としてですが、これからのゲームはコンテンツ産業ではなくなると考えています。
コンテンツが基盤にあるのは同じですが、サービス産業としての側面を強く持たないといけないと思考えています。

それが始まるのが今年からだと良いなと思います。

とりとめもない文章で申し訳ありませんでした。それでは失礼します。

小島氏の発言は、WiiがTVと同様のプッシュ型サービスを指向していることを強調しているような気がするのですが。
単純な規模の大小の比較でいいなら、わざわざ喩え直さなくてもステーキでの比喩で十分事足りるわけで。

>結局、コンテンツの内容が
>面白いかどうかって事に尽きるのかな。
日本映画が氷河期であった時代でも面白い映画は沢山ありますよ。
ナウシカや、ラピュタ、トトロ・・・
いやいや、アニメ以外にも「台風クラブ」もあるし、松田優作のギラギラした演技が観れましたし。

日本映画に限りませんが、映画が復活したのはシネコンが増えて、映画館に対するイメージが良くなった事が大きいと思います。
昔の映画館って、トイレは汚いし椅子は硬いしで、酷かったですから。
いくら良いコンテンツをそろえても、心理的障壁を低くしないと、普通の人にとっての余暇の使い方の候補にも入らないんですよ。

そういった意味で、任天堂が有名人がゲームやってる所を映したCMを流してるのは、一般人のゲームに対する心理的障壁を低くするために頑張ってるんでしょうね。
まいた種が据え置き機で芽吹くといいですね。

お初に失礼します。映画については、だいぶ長いこと続いており
今でも運悪く目にしてしまう可能性のある
「海賊版撲滅キャンペーンCM」が頭に浮かんでしまいます。
http://psychodoc.eek.jp/diary/?date=20050816
まかり間違っても、映画的ゲーム製作指向の製作者さんたちには
こういう部分までも映画(産業)的になって欲しくは無いな、と
思っています。

何しろ、これに近からず遠からず「客の側にこそ非がある」風な
立場をゲーム産業界がとった事がある旨を、こちらさまでの
過去記事中に見た覚えがありましたので。
それでは、失礼しました。

今回のエントリー、興味深く拝見させていただきました。

私なりの解釈ですが、PS3の路線を捨ててはいけないと言うのは
ずばりスポンサーに向けた意見であると思います。
投資判断としてどう考えてもDSとPS3ではリスクが違いすぎるからです。
そしてDSのほうが利益的にもアドバンテージを持ってしまったら、
いよいよPS3など大規模ゲームへの投資は減少の一途を辿るでしょう。
PS3のゲーム開発費は億単位のとてつもない予算が必要です。
そして、PS3の価格発表により投資判断が悪くなっている現状を見るにつけ
小島氏の視点としては死活問題になっているのではないでしょうか

つーか小島監督はソニー(PS)信者なんでしょうね。
落ち目のメタルギアソリッドシリーズじゃPS3で更に大火傷を負うのは目に見えてます。
もっと発想を柔らかくして考えて頂きたいですね。

> 何の論理性もない批判を行いました。

> 一晩で文面は180度正反対なものに書き換えられました。

↓これを書いて消したのは誰ですか?
http://66.102.7.104/search?q=cache:7Gy_-7N1V78J:i-know.jp/enoqui/%3Fdid%3DdNtSTycOzKVpSkOW%26t%3D1111843920+%22%E9%89%84%E6%A7%8C%E3%80%81%E9%89%84%E6%A7%8C%E3%80%81%E9%89%84%E6%A7%8C%E3%80%81%E9%89%84%E6%A7%8C%22&hl=ja&client=opera

>MRBさん
ですね。自分が理解できないものの価値を貶めようとする人間は悲しい
ものです。

> ゆきおさん
精神的かつ哲学的にはそういうことになると思います。ボクが
言ってることと文脈が違うのはおそらく自覚して書かれていると
思いますが。

> exor さん
色々な意味で食事よりはわかりやすいたとえだと思います。

> カリガリ博士さん
> 映画館に対するイメージが良くなった事が大きいと思います
対「ゲーム脳」「ゲームバッシング」に限らず、ゲームのイメージを
上げていく継続的な努力は重要ですよね。

> taisent さん
まぁユーザーが悪いとか言ってるクリエイターは大抵すぐにフェード
アウトします。僕が知る限り、すべて
続編が売上低下してるんじゃないかな。

> NiseTanakaさん
でしょうね。
そういう浅はかなアピールは通用しなくなると思いますし、ボクもこの
ブログやその他のあらゆる機会を通じて、投資家の方々が適切な
判断材料を持てるように、日々、言説を世に送り出したいです。

> ポンチョさん
PSで「MGS」シリーズが育ったのは確かなので、仕方ないと思います。

> redboneさん
ボクはある程度古くなった記事は整理したり、消したりする事があります。
というのは単純に、記事数が増えすぎると、再構築や検索を含めて、
管理が面倒だからです。
バックアップは取っていますが、単に記事を非表示にしたのではなく、
データベースその物から削除しています。

去年の夏か秋かに、300ぐらいあった記事を150ぐらいまで減らして
います。その記事もその1つですね。「過去ログ」の月別アーカイブを
見ていただければわかりますが、2004年〜2005年の記事は
全般的にかなり減らしています。

消す/消さないの基準ですが、ニュース的な記事や、時事的な
出来事への反応は後で読まれる価値が低いと思って消しています。
裁判結果という時事ネタへの反応(感想)だったので、後で読まれる
価値は低いと思っただけですね。

半年、1年経ったら消す事には何の違和感も持っていません。
そもそも、うちのアクセス数を考えれば、書いた記事をネット上
から消せる(消える)なんて、端から思ってません。検索エン
ジンのキャッシュを含めて、どこかに残るわけです。

そういう意味では、後から読むべき価値のあるエントリーはブログ
内に留めておき、残りはネットの大海に放流しているとも言えます。
より多く参照された記事は、おそらく数多くのキャッシュに残る
でしょう。仮にボクを批判したい人がいたとして、どうせそういう所
から掘り出してくるでしょ。その証拠があなたかな?(笑
もっとも、あのブログみたいに一晩で消したらキャッシュにも
残らないかもしれませんね。成る程。なかなか斬新な方法ですな。

しかしその記事は、PS3から振動が消えた今読むと、まさしく核心を
ついた記事ですね。振動を外した本当の理由が、特許で敗北した
からだ、という見解はかなり多いと思います。

そうか、E3の時に「ほれ、見た事か! だからあの時、指摘して
やったのに。クリエイティブの心を持たないパクリ企業は自業
自得だね!」という記事を書けば良かったのか(笑
ボクのソニーへの批判はことごとく的を射ているんだなあ、などと
調子に乗ってみたり。。。(笑
それはさすがに冗談としても、幾多の批判を聞き流してきた末路が
今ボクらの目の前にあるPS3なんでしょうね。

ちなみに記事は復活させておきました。
2005年3月のアーカイブからどうぞ。

 はじめまして。 ねこきき と申します。
 非常に興味深い内容&議論が盛り上がっているので、私も
参加させてください。

  『小島監督=映画のようなゲームを作りたい人』

というのは
よく言われる話なのですが、私はそれは間違いだと思います。
本質を捉えていないと思います。
 私は

  『小島監督=あえて映画のようなゲームを作ることで、
   ゲームでなくてはならないゲームを作る人』

だととらえています。
”ソレとは違う”という事を証明するために”ソレに似たもの
を作る”という逆転の発想ですね。
 全体的な論調として、映画のようなゲームを否定し、その
代表として小島監督を挙げられていましたが、私は小島監督は
その正反対に居る人だと考えています。

 『ゲームこそ映画を超えるメディアになりうるメディアだ』

と、ゲームのメディアとしての可能性を考えている数少ない
ゲームデザイナーの一人ではないでしょうか。

 他のサイトの記事とあわせてDAKINIさんの記事を
引用し、自分の意見をブログに書かせていただきましたので
トラックバックを送付させていただきました。
よろしければ承認宜しくお願いします。

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(コメントを投稿しても、管理人が承認するまでは表示されません。すぐに反映されない、最悪24時間以上かかる事もあります。ご了承ください。)