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このサイトは、ゲーム開発、およびゲーム周辺の周辺技術や動向について日々考察し、毒舌的に物を書き続けることを通して、「ゲームの未来形」という大テーマに対して、何か考えを深められるといいなあ・・・・・・というサイトです。

2006年02月26日

書かずにはいられないというのが真実

クリエイティブというのはただの病気です

情報考学 Passion For The Future 「書きたがる脳 言語と創造性の科学」
自分と無関係とは思えず、とても興味深く読んだ記事。
ハイパーグラフィア(書かずにいられない病)とライターズ・ブロック(書きたくても書けない病)について考察した本の紹介。書かずにはいられない病というのは、身におぼえがあります。実際、お金をもらっているわけでもないのに、こうやってブログを毎日つけているのは何故なんだろう、と考えてみれば、「ただの病気です」と言うほかありません。

確実に言えるのは楽しいということ。
Passion For The Futureさんのもう1つの記事、「ぶっちぎり世界記録保持者の記憶術―円周率10万桁への挑戦」にも同じような事が書かれています。

「続けるのが大事なのではない。続けられるのが大事なのだ」
「楽しくやることが肝心なのではない。楽しくやれるのが肝心なのだ」
根性や努力はまったく不要で、続けられる方法、楽しくやれる方法こそ大切だという。
本当にその通りで、このブログにしても楽しいから書いているだけで、別段「ゲーム開発者の情報共有を促進しよう!」とか、「ゲーム市場の分析を多くの開発者と共有したい!」などとは、微塵も考えていません。たまたま話題がゲーム開発だったり、ゲーム市場だっただけのこと。

去年、夏頃から更新頻度を落としていましたけど、あれは実は年末にこのブログをたたむつもりで、徐々に更新しなくなって消えていこうと思っていたからです。静かに消えていこうかな、と(笑 忙しかったから更新が落ちていたわけでは全然無いんですよ。で、まぁ文章を書きたい病気を鎮めるために、他のブログをこっそり立ち上げたり、小説を書いていました。しかし結局、年が明けても続けちゃってますね。なんていい加減な! そのかわり萌えとかエロとか、かなり内容に変化が出てきましたけど。

時々「ゲーム開発が本業なので、ブログの更新ばかりしていられない」とか、「現在の仕事がずっと忙しいから、ブログなんて書いていられない」とか、「ブログを書いている暇があったら、ゲームを作れと言われてしまいそうですが・・・・」などと、言い訳なのかなんなのか、そんな前置きをする人がいます。まぁ本人は正論を書いているつもりなんでしょうし、一般的にも間違っていないんですが、ボクには強い違和感があります。

文章を書くというのは忙しいから書かないとか、ヒマだから書くということではない。そもそも忙しい時ほど書きたくなるのが普通じゃないのかな? 頭の中から文章を吐き出さないと、落ち着いて眠れませんし。書きたければ、睡眠時間を4時間なのを3時間にしたり、あるいは徹夜して1時間ほど目を瞑っているだけで会社に行ったりすればいいわけで、実際ボクはそうしていたし。

結局のところ、単に病気がどれぐらい深刻かということと、文章を書きたいという獣をいかに飼いならすかであって、もちろんその病気のせいで寿命を縮めるようなこともやってしまうわけです。で、年を食うと、「あっ、不摂生だなあ・・・・」と気づいて、健康を維持しようと頑張る・・・・。

そもそも根源的には、クリエイティブというのは「本業」もクソも無いんですよね。ゲームを作ってもいいし、小説を書いてもいいし、漫画を描いてもいいし、作曲してもいいし、アニメを作ってもいいでしょう。もちろんブログに熱中してもいい。何というかな、自分の中のドロドロしたものを便宜的にメディアで分けたり、ジャンルで分けているだけのことで。

ただ、お金をもらう場合には、こちらから吐き出すだけではいかんので、自分の作りたいモノとユーザーの望むモノのバランスを取らないといけません。プロ意識、「それで飯を食っている」という意識はとても大切です。しかしそれさえも、同人まで視野に入れれば、あやふやになってしまう部分はあって。ある意味、クリエイティブの本来の形に近いことができるようになりつつあるのかもしれません。まだボクの中でも自信をもって結論を出せませんけど。


これからはもっと混ざっていくでしょうね

ボクにとってはあらゆる表現は等価。だから去年末に一瞬持ち上がった「ゲームとWeb2.0」への反論も、心の狭い事を言っているように思えましたし、「はいはい。ただの象牙の塔ね」「伝統工芸ゲーム1.0を守る会、万歳」以上の感想はありません。お金を稼ごうとした時に、「過去の経験・ノウハウの蓄積」というリソースをどう利用していくか?という話なら、建設的なんですがね。

ボクなんかも一応、今の所はゲームで飯を食っていますが、10年後にはわからんわけですよ。近年は少しずつ複数のメディアで活躍するマルチクリエイターが増えていますし。これからはもっと混ざっていくんじゃないかな。ネットのおかげもあって、混ざる速度が加速した気がしています。

ただ、そうなっては困るという人もいるでしょうね。長いことやってきて、ノウハウを溜めた人は、自分のノウハウが無価値になっちゃんじゃないかって不安になるかもしれません。そういう不安をどう取り除くか。単純な新旧対立なんて、みっともないでしょう。古いものと新しいものをどう使い分けるか、どう混ぜていくか。それがマネージャーの手腕で、対立だけならサルでもできるし、新しいものに飛びつくだけならコンビニに行って雑誌でも立ち読みしていればいい。

メディア固有の問題というのがあって、そこをおろそかにすると、雑なもの、いい加減なものになってしまいます。ゲームで言うと操作感、インターフェース、手応えかな。例えば、アニメを作っていた人がある日突然ゲームを作ってもいいですし、実際10年前のライトユーザーバブルの頃はそういう事が起きていたんですが、おろそかにしてはいけない部分をおろそかにしてしまうと、結局長くは生き残れません。すぐに消えて、忘れられてしまいます。

    ・「実用性と娯楽のバランスは難しい」
    ・「10年前の状況と似てきましたね」
    ・プレイヤーから「手ごたえ」を奪うゲーム

最近ボクがゲームの手応えについて、ゲームの面白さの重要性について書いているのはそういう理由からです。ライトユーザーブームみたいな時期は、おおらかに受け止めてくれるユーザーが多いから、おおらかに作った物がすごく評価されます。けれどもいい加減に、雑に作った物も、おおらかに受け止められて売れてしまいます。ただ、そういう物は最初はうまくいっても、それほど長続きしません。

「ゲームらしいゲーム」の長く生き残ってきた知恵はバカにしたものではありません。そこら辺をどう使っていくかが手腕なんですね。一瞬輝くだけなら割とできるんですけど、長く生き残ろうとすると、知恵が必要になります。内なる病気を飼いならしつつ、知恵を継続的に蓄積していった人だけが、プロとして長く生き残れるのだと思います。

Posted by amanoudume at 2006年02月26日 22:39 個別リンク
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