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このサイトは、ゲーム開発、およびゲーム周辺の周辺技術や動向について日々考察し、毒舌的に物を書き続けることを通して、「ゲームの未来形」という大テーマに対して、何か考えを深められるといいなあ・・・・・・というサイトです。

2004年03月26日

まず自分が満足できるかどうかが大切。

RPGの神様、語る
ファミ通の堀井雄二氏のインタビュー読みました。いやー、リメイクというものにかけるドラクエチームの意気ごみが伝わってくる内容でした。 > 今回これだけ作り込めたのには、やっぱりリメイクだからっていうのがありますね。 > 完全新作の場合、終わりがなかなか見えなくて、制作過程での力の配分が > 難しいんですが、リメイクだと最初から雛形があるので、力の配分がしやすい > んですよ。リメイクのいちばんのメリットがこれですよね。 ゲームのリメイク論がここに集約されてますね。さすが!! それにしても、ドラクエ5のリメイクは今までのリメイクと比べても、かなりクオリティが高いですな! 特に戦闘がすばらしすぎます。2Dスプライト→3D ポリゴンで、モンスターが動く、動く。モンスターのやられっぷりが見事。モンスターを倒すのがとても気持ちいいです。快感。
開発者なら誰でも共感できるはずの感覚
この「終わりがなかなか見えなくて」「制作過程での力の配分が 難しい」という感覚は、おそらくほとんどのゲーム開発者が体験し、共感できることでしょうね。 それはけっして単純な無計画性ということではなく、ゲームがある一線を越えるにあたり、必ず通過するポイントのようなものかもしれません。昔、「デスマー チにもならないようなゲームは糞ゲーでしかない」などと冗談をどこかでいったことがあります。もちろん、この言葉はタチが悪すぎます。ボクもデスマーチを マンセーするつもりはまったくありません。 しかし新しい何かを生み出そうとするなら、先の見えない領域へ足を踏み入れていくしかないのは確かです。それはもちろん、ドラクエにかぎらず、あらゆる ゲームについていえることです。たとえばFFもそうでしょうね。 FF10のシームレスバトルやフルポリゴンマップの導入、FF11のオンラインゲーム化、FF12の戦闘の完全なシームレス化。FF10→FF10-2の ようなケースは別として、基本的に1作ごとにツールもエンジンも使い捨て、ありえない人力と労力をかけて生み出されているわけで、だからこそ多くの開発者 から絶大な敬意が向けられているのでしょうね。

また、先日日本でも発売された「ジャック2」からも、開発元Naughty Dogの苦しさとの戦いが読み取れるわけです。単純に、スケジューリング性、計画性、開発の効率化という文脈だけで解釈できるソフトではないでしょう。※※

世の中に「うまくやってのけるコツ」みたいなものがあって、それにしたがったなら、たちどころに効率よく、素敵なゲームができあがるなどということはないわけです。もちろん無駄は省くべきですし、適切な教育、伝承も必要でしょう。

けれども最終的には、それぞれの個人が「自分のコツ」「自分の味」を生み出していくしかない。逆にいえば、別に誰か先人から、すばらしいノウハウとやらを教わらずとも、自分の中で「自分ルール」「自分のコツ」「自分の法則」が生まれる瞬間があります
それが生まれれば、効率というものは付随的に上がるものですし、そういう瞬間を何回も迎えたゲーム、そういうスタッフが数多くいるゲームは自然と良いもの
になるはずです。なぜなら、過去のどのような名作も最初はなにもなかったし、どのような名開発者も最初は何ももたなかったわけですよ。

単なる自己満足ではいけないが、自分が満足できるのは大事
効率というのは重要なものです、特に現在は
ますます重要になってきています。けれどもまずは良くできたゲーム、面白いゲームを作るのが第一であって、例えば「効率はよかったし、スケジュールは完璧
に守れていたけれど、ちっとも面白くないゲーム」にしかならなかったら、それではかけた労力が完全に無駄になってしまいます。
娯楽というものはまず第一に面白いかどうかということが大切。
その上で効率化があるわけで、そこをはき違えてしまうと、結局、面白いゲームが少ない → ゲームに対する注目度や関心が下がる → ゲーム市場が縮小 → いくら効率化しても収入がそれ以上にへってダメになる → 安さだけなら他の地域が有利 → 雇用縮小 → 
界縮小、となってしまいます。
どちらも重要ですが、優先順位を勘違いしてはいけません。「いいからまず、面白いゲームを1本でもいいから作ってからいえ」というのは、まぁ、乱暴な言い
草ではありますが、真理です。というより、やっていて手応えが得られない仕事なんてのは、百万言ならべたって、ダメです。もしそうなら、さっさと辞めたほ
うがいい。国内でも、海外でも、そう問いつめたい会社はいくつもあります。
などと書くと、不毛な議論が巻き起こりそうな気もしますが。
しかし、一度しかない人生、決して巻き戻せない時間。自分がかけた労力が自分の満足のいく形になる(面白いゲームになる)ということがまず大切ではない
か、と思います。まずそこからです。
精神論として読まれる危険性は承知であえてこう書きました。結局、百万言、開発論をならべたところで、最終的には自分自身の問題でしかあ
りません。それで満足できるのか、というね。日本であれ、欧米であれ、中国であれ、どこの地域のどんな開発者の言葉を、講演を、BLOGを引っぱってきた
ところで、それで自分が満たされるわけではない。最後の最後には自分の人生、自分で考え、自分で決めるしかありません。
シナリオがあるからとか、コンスタントに出ているからとか、そのような根拠で、あたかもFFが上記の苦しみと戦っていないかのような曲
解をする人も、世の中にはいらっしゃるのかもしれません。しかし、身を削って、ありえない労力をつぎ込んだからこそ、シリーズがコンスタントに世に出るわ
けで、そういう素直な解釈をしたいものですね。

※※
Naughty
Dogの「ジャック×ダクスター」はとても良くできた作品でした。けれども、任天堂の「マリオ64」「ゼルダの伝説」や、レアの「バンジョー・カズーイ」
などの先行作品をよく勉強した結果の集大成という印象もいなめず、決定的な革新性にはとぼしかったのも事実です。
しかし「ジャック2」はそれまでの3Dアクションゲームではやられていなかった「GTA」的な方向性へ「挑戦」した果敢なソフトであり、そのために「終わ
りがなかなか見えなくて」「制作過程での力の配分が難しい」苦しみをより強く味わった
はまちがいないでしょう。それはまともなゲーム開発者なら、実際のゲームをやってみれば、よくわかるはずです。
結果的には、「ジャック1」に比べれば完成度は落ちましたが、届かなかったことへの不満は、開発者の次のプロジェクトへの意欲を高めたはずですし、簡単に
は文書化できない何かを得るきっかけになったはずです。
そういう意味では、単純に「ジャック1」と「ジャック2」を並べるのは作り手に対してあまりに失礼だし、「ラチェット1」から1年で制作された「ラチェッ
ト2」と簡単に並べることもできはしないでしょう。(完成度だけでいえば、あきらかに「ラチェット2」のほうが「ジャック2」より優れてはいますが、それ
がすべてではない)

Posted by amanoudume at 2004年03月26日 17:36 個別リンク