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このサイトは、ゲーム開発、およびゲーム周辺の周辺技術や動向について日々考察し、毒舌的に物を書き続けることを通して、「ゲームの未来形」という大テーマに対して、何か考えを深められるといいなあ・・・・・・というサイトです。

2006年04月09日

画質なんかより、話題の共有の方が何倍も重要

この春は新番組だけで70本にも達するらしく、まさにアニメ制作バブルがピークに達しています。「こんな本数、観きれないよ!」という悲鳴があちこちから聞こえてくる気がします。ボクも鑑賞対象アニメ増量中。ライトノベルも読む冊数が増えてます。

が、そのためにゲームをやる時間が限りなくゼロに近づいてます。ああ、ホントにゲームやってないよゲーム。困ったなあ・・・・いや、面倒くさくって、ゲーム。自宅に帰ったら勝手に起動してくれるゲーム機って無いのかね? で、勝手にクリアしてオススメだけ見せてくれるの。いや、それじゃ、俺がいらないか・・・・。

このブログの前身のBBSで書いたことですが、いわゆるインタラクティブデバイスというのは3種類あって、ゲーム機=両手型、携帯電話=片手型、たまごっちやロボット=無手型(半自律型)。で、ライトなユーザーは両手→片手→無手に移っていく。つまりどんどん楽なほう、「ながら」で楽しめるほうに行くのが自然なんじゃないか、と
# 書いた当時は片手型のゲーム機は存在しなかったので。

両手→片手ときたら、次は無手(遊ばなくていいゲーム)がくると思いますね。とはいえ、まだ数年先の話かな。要するにずっと触っていなくても、中で勝手に進んでいて、いつでも覗けるゲーム。わかりやすくいうと、バーチャル水族館・水槽みたいな。個人的にはインテリアみたいなゲームが作りたいんですけどね。例えば『エレクトロプランクトン』あたりにしても、あれをゲームと捉えるとオチが無いのが気になるんでしょうけど、画面付きのオルゴールと捉えれば、あれでいいわけで。

それにしても、何気にいろんな物がどんどんカジュアル&ライト化している気がするんだよなあ・・・・。

    ・FPN-ニュースコミュニティ- YouTubeにみるチープレボリューションの凄さ
    ・投稿映像無料配信サイト「YouTube」がスゴイことになっている / デジタルARENA

YouTubeがここまで広がってしまうと、もはやP2Pでさえ古臭く感じられちゃうな・・・・。リンク張れたり、感想を共有できないようでは駄目だという感覚。アニメのOPなんか、すぐに載っちゃうみたいですしねえ。

しかし一部では次世代DVDだの、地デジだの言ってるというのに、ネット上では動画の画質は悪くなる一方というのも興味深い。画質が悪いから、YouTubeが許容されているという見方は確かにその通りかもしれませんが、Flashムービーで十分というユーザーもいるわけですよね。画質なんかより、話題の共有の方が何倍も重要というライトユーザー(あるいはライトオタク)がいかに多いか。YouTubeはそれを証明してしまいました。

iPodやDSの成功にしてもそうなんですが、品質なんて本気で気にしてる人はじつはかなり少数で、ほとんどの人は他人と話題の共有ができればそれでオーケー。「感動」できる小説が売れるのも同じこと。コンテンツを「消費」する時代という言い方はさすがに手垢がつきすぎですか。消費された端から忘れられていく。歴史に残らない。歴史なんていらない。さて、どうすれば「残る」のか? それが問題なんですが・・・・。

Posted by amanoudume at 2006年04月09日 08:42 個別リンク
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コメント

> いや、面倒くさくって、ゲーム。自宅に帰ったら勝手に起動してくれるゲーム機って無いのかね?
> で、勝手にクリアしてオススメだけ見せてくれるの。

で、15分程度で休憩が入って…って、まったくアニメですよ(笑)

そういや、一部のHDDレコは録画人気の検索も出来るみたいでまさに本稿でのお手がるゲームのようです。


> 画質なんかより、話題の共有の方が何倍も重要というライトユーザー(あるいはライトオタク)がいかに多いか。

まさに、DSゲームのヒットの法則ですね。
ぶつ森も脳トレも「まずはやってみてよ。」
と、プレイ仲間を増やす事が容易に出来る事からここまでのブレイクがあったんだと思います。

 FF12は無手型にかなり近いですよね。装備やガンビットをあらかじめ入力しておいて、あとはキャラクターが勝手に戦ってくれる。ユーザーはマップを動いて、ストーリー(というか、ムービー)を観るだけという。
 逐一入力するようなものは格闘やレースなんかの瞬間的なゲーム、RPGやノベルゲームは初期設定方式に移行していきそうな感じですね。
 中間くらいの手ごたえを残したRPGなんかが増えてくれると嬉しいんですが。

以下、また連想した妄想みたいなことを書いてしまいますが・・・。

私はアウトラン2のロックが解けなくて頭に来ている状態なのですが、思うに、ゲームが『強制された部分しかインタラクティブ性を持っていない』のが問題の本質の様な気もします。

小説やDVD、音楽などは、最初から、好きなところだけ選んで、繰り返して鑑賞できる訳です。
『飛ばし読み』もできない鑑賞方法を強制しているのはゲームだけです。(改造すれば別ですが)
ですので、私もおいしいところだけ、つまみ食いできるような構造にするのもありなのでは?と思います。
(もちろん、PCゲームなどでは、好きなところでセーブできるシステムですし、セーブデータもネット上に落ちているので、いろいろ楽しめる訳ですが)

で、下の記事を思い出しました。

http://mojix.org/2006/02/13/205206
> いまや希少なのは情報ではなく、時間だ。
> 「more」よりも「less」と言われるようになってきたのも、それを物語る。
>
> このときの「less」はもちろん、単に少ないのではなく、エッセンスを凝縮した「less」でなければならない。
> エッセンスを凝縮して、「more」を「less」にすること、それこそが「編集」だと思う。

デジタルデータの大きな利点には、検索と編集のしやすさがある訳です。
さらに言えば、好きな場面だけつなげて、編集して遊べるというのもありだと思うし、例えば、それをアップロードできて、社会的に認知と評価が得られるシステムというのもゲームの可能性を広げると思います。

達成感が云々とか言う人もいるでしょうが、思うに、『ゲーム1.0=与えられた(ゲームクリアという)最終目的に対して一定の努力を要求するゲーム、ゲーム2.0=自分で最終目的を作りマイペースで楽しむゲーム』という考え方も可能なのではないでしょうか?(どうぶつの森しかり、DSトレーニングしかり、Nintendogsしかり)

まあ、ゲーマーにはゲームの楽しみ方として邪道だ!と言われそうですが、賛否両論のあるのがフロンティアであり、ブルーオーシャンであり、伸びる分野だと思います。

また、パッケージという売り方としても、所有欲という面から見て、静的なデータベースやライブラリのような売り方が相性が良いのではないかという気もしました。(個人的には、やりこみ要素を用意するより、資料的な価値や「遊びたいときに遊びたい場面がすぐ遊べる」ほうが、よほど中古対策になるのではと思うんですが)

また、『無手型(半自律型)』という話ですが、個人的には、庭弄り系のようなものがあっても良いと思いました。
(鳥が遊びにきたりとか、自分が鳥になって他人の庭に行けるとか)
CELLの演算力とかを考えると、植物(と動物(モンスター)?)の生態系をシミュレートし、そこに介入できるようなシステムも実現できそうな気もします。

そう考えると、メンテナンスゲーム、みたいなジャンルもありかも知れないと思いました。
壊れた機械をメンテナンスしながら動かすゲーム、いや、ドジっ子メイドロボをメンテナンスしながらコミュニケーションするゲームとか。

あと、下の記事を見て思いついたのですが、

http://blog.japan.cnet.com/nakajima/archives/002742.html

インターネットの現状のように、ゲームが『あちら側(もしくはこちら側のPC/据置機のP2Pネットワーク)』で常に進行しており、いろいろなデバイスでゲームにアクセスする(覗き見て干渉する)ようなモデルとかもありではないかと。

なんというか、ゲームメーカーがネットの速度に追いついていっていない部分がある気がしますね。

>ですので、私もおいしいところだけ、
>つまみ食いできるような構造にするのもあり

Unlock型(徐々に何かがオープンしていく)のゲームがクラシックだ、
という認識は日本でも海外でも着実に広がってきているとは思いますよ。

少なくとも、ボクはUnlock型はなるべく作らないですね。Unlock型の
時代は終わったと思います。

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