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このサイトは、ゲーム開発、およびゲーム周辺の周辺技術や動向について日々考察し、毒舌的に物を書き続けることを通して、「ゲームの未来形」という大テーマに対して、何か考えを深められるといいなあ・・・・・・というサイトです。

2005年02月15日

プレイヤー中心のゲームデザインから、プレイデータ中心のゲームデザインへ

2種類の「やりこみ」

平日に呑みにいってしまい、帰宅したら即寝ちゃいましたよ。
「あー、頭イテえ・・・・」と思いながら、朝になってBLOGを更新。

ゲーム開発者やハードゲーマーのBLOGを見渡すと、「キャッチ!タッチ!ヨッシー!」(通称キタヨ)がかなり話題になっています。同じヨッシー系の「万有引力」や、E3等での事前の話題性だけは高かった「ジャングルビート」がほとんど語られていない現象と比べて、格段の差を感じます。全体的に、かなり肯定的な論調ですね。
とはいえ、話の主軸は、ゲームソフトの内容や出来よりもむしろ、「2005年に任天堂があの価格であのボリュームのソフトを出したこと」にあるようです。

ネット上の議論では、駄研「やりこみの原因」ABAの日誌「やりこみ要素のないゲームをやりこむ」が非常に興味深かったです。どちらのBLOGでも、「やりこみ」という言葉がレビューによって異なる意味で使われていて、誤解や混乱を招く危険がある、と指摘されています。
ABAさんの分類によれば、俗に「やりこみ」という言葉は2種類あります。

> システムとして用意されている、幅広い(隠し)要素を網羅するためにやりこむ(幅のやりこみ)
> シンプルなシステムのゲームで、ひたすらスコアアタック、タイムアタックをやりこむ(深さのやりこみ)

この分類に従えば、ヨッシーは幅のやりこみがほとんど無く、深さのやりこみに特化したゲームと言い表せます。ABAさんが指摘されているように、たしかにゲーム開発者は深さのほうを評価する傾向がありますね。

> このスレでは挑戦やりこみの方が支持されているっぽい。まあそりゃ開発者
> コミュニティだからなあ。開発者は深さ優先のシンプルシステムゲーが好きだよね。
> そのほうが作るのが面白いし。(ABA Games)

ただ、ゲーム開発者の好みとは逆に、市場を見渡すと、深さ優先のゲームよりも、幅優先のゲームのほうが売れているんですよね。

ストイックなゲームは生きづらい時代

ここ数年の口コミゲーム、じわ売れゲームである「無双」「GTA」「メイドインワリオ」「ピクミン2」「魔界戦記ディスガイア」はいずれも、深さよりも幅を優先したゲームになっていますし、一方で「ドリラー」「塊魂」「ヨッシー」といった、開発者の評価は高いけど、市場的にはそれほど売れてないゲームは、いずれも、幅よりも深さを優先したゲームになっています。

深さ優先のゲームは、ゲームの目的、プレイヤーに提供するモチベーションがストイックすぎる(古典的すぎる)ため、ゲーム開発者やコアゲーマーにばかり売れて、それ以外の層にはなかなか広がりにくい傾向があります。どこまでスコアを取れるか? どこまでタイムを削れるか? という目的そのものの訴求力が狭いため、たとえ「塊魂」のように、大らかなコースデザインをしたとしても、ユーザー層はやっぱり狭いのです。

もちろん単純なスコアアタック、タイムアタックの楽しみそのものが、ユーザー全員から失われたわけではないと思いますが、そういう楽しみは今はFLASH等のフリーゲームで享受できます。WEBブラウザ上で動作するため、空いた時間にすぐ遊べるという点では、携帯ゲーム機をはるかに凌駕していますし、手軽さ・気軽さという点でも、数千円のゲームよりはるかに優れています。深さは足らないかもしれませんが。

しかし多くの人にとっては、スコアアタックにハマるといっても、ゲームウォッチに毛の生えたゲームで十分なように思えます。現状では実装されているゲームが少ないものの、ネット上でのランキングシステムや、FLASHベースのネット対戦が十分整備されれば、もうコンシューマーゲームが逆立ちしても実現できない娯楽サービスになるわけです。
今、プリミティブなゲームやストイックなゲームはどんどんフリーゲームの領域に流れていて、コンシューマーゲームという領域は、ストイックなゲームには生きづらい場所になってますね。

プレイデータ中心のゲームデザイン

幅のやりこみを重視するゲームは、「何かを集める/空白を埋める/ファッション性に結びついたコレクション性/RPG的なキャラ育成」を、プレイヤーのモチベーションとしています。よくいわれるとおり、ゲームを遊んだ結
果の大半がプレイヤー自身に反映される(ゲームの腕が上がる等)のではなく、ゲーム内に結果が蓄積されていくゲームのほうが好まれています。

アーケードはこうした変化を柔軟に受け入れていて、オンラインのテーブルゲームでランキングが出たり、格闘ゲームでも、ICカードに対戦結果が残ったり、段位がもらえたり、コスチュームをそろえて自キャラをカスタマイズできるようになってますよね。おそらくコンシューマーでも同じような「性質」の変化が起きてくると思います。アーケードに比べると、どうしてもオンライン対応が進みにくいため、まったく同じ経路はたどれないでしょうが、個々のパッケージを中心にしたゲームソフトから、プレイデータを中心にしたゲームサービスになっていくと思います。

プレイデータ中心という考え方は、2年前に(このBLOGの前身で)一度書いたことがあります。その時も例にあげましたが、一番わかりやすいのは「ポケモン」ですよね。「ポケモン」というコアのソフトがあって、それを遊んだ結果のプレイデータ(ポケモンデータ)があります。そして、プレイデータを管理する別のソフトとしてGCの「ポケモンボックス」があり、より臨場感のあるバトルを楽しむための「ポケモンコロシアム」があります。最近では、DS「ポケモンダッシュ」がポケモンデータから、コースデータを生成できました。

あくまで中心にあるのはプレイヤーのプレイデータで、個々のアプリケーションではない。プレイデータをどう使うかという点から、色々なアプリケーションやサービスが広がっていく。そのためには当然、プレイデータの価値を高めなければなりません。より高い価値を感じさせるには、プレイデータが以下の項目を満たしている必要があるでしょう。労力の代価が適切に反映されること、プレイデータが他のプレイヤーと比較可能なこと、プレイデータが他のプレイヤーと交換可能なこと、プレイデータの格付けやランキングが存在すること、プレイデータに継続性/継承性があること。また、サービスの展開を考えると、プレイヤーのもつプレイデータのデータ量が増加し、プレイヤーがプレイデータに愛着をもつのが望ましい。

こういう発想、こういう構造でゲーム(サービス)をデザインし、構築していくことが、コンシューマーゲームの突破口の1つになると思います。あえて、誤解をまねきかねない表現でまとめるなら、「プレイヤー中心のゲームデザインから、プレイデータ中心のゲームデザインへ」の転換が起こりつつあるのでしょう。

補足

例えば、オンラインゲームについても、コミュニケーションツールとして捉えるよりも、プレイデータ中心の考え方で捉え直したほうが、より実態が浮き彫りになるかもしれません。コミュニケーションツールとか、チャットの進化形として捉えるから、MMORPGの問題点(「廃人プレイ」や「長時間プレイを強いるレベルの上がりにくさ」)もわかりにくくなる。

プレイデータ中心に考えてみれば、プレイデータと遊ぶ労力のバランスが取れておらず、プレイデータの格付け方法が粗いだけ、と問題点がハッキリします。オンラインとオフラインとか、少人数オンラインと多人数オンラインとか、そういう区分ではなくて、プレイデータ中心のゲームデザインとして、どれだけ洗練されているか?という視点で捉えたほうが、問題点が整理しやすいし、ゲームデザイン上の課題も見えてくると思います。
あえていってしまえば、オンラインゲームなんてものは、プレイデータの価値をより高めるサービスを展開するための手段にすぎないわけです。

Posted by amanoudume at 2005年02月15日 14:58 個別リンク
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Listed below are links to weblogs that reference 'プレイヤー中心のゲームデザインから、プレイデータ中心のゲームデザインへ' from 発熱地帯.
ゲームスタイル
Excerpt: ■プレイヤー中心のゲームデザインから、プレイデータ中心のゲームデザインへ 今作られてるゲームをやっているよりも、昔の単純なファミコンのゲームをやっているほうが最近おもしろいなぁって思うんだよなぁやっぱり。なぜか最近はダ ウンタウン熱血物語が自分の中で流行.
Weblog: デジタルエイジ_ブログ
Tracked: 2005年02月18日 14:55
費やした時間に報いるデザインのコト
Excerpt: インフルエンザのA/B型?に連チャンで罹ってしまい、その間に大量の仕事がキューに...
Weblog: 六百デザインの「嘘六百」
Tracked: 2005年02月18日 22:36

コメント

そういえばクイズマジックアカデミーは1から2に移行する際にデータの引継ぎができました。
「鉄拳」のような格闘ゲームがデータの引継ぎを可能にするのは手間がかかりそうですが、
ユーザーの囲い込みという点では確実に重要なポイントかもしれません。
http://www.konami.co.jp/am/qma/qma2/entry_card.htm-----
COMMENT:
AUTHOR: EMAIL: IP: 219.196.236.17
URL: DATE: 02/17/2005 12:50:41 AM
自分はネトゲから離れたクチですが、
コミュニケーションツールとしてネトゲに関心を示し、
廃人推奨のシステムに疑問を感じ辞めてしまいました。
言われて見ればなるほど、自分の場合、プレイデータにはあまり関心がなかったですね。

ヨッシーの発売を後押ししたのは、ファミコンミニの成功と言う要素があったように思います。
逆に、メテオスはパズルゲームながらスターフォックス式のルート選択やマルチエンディングなど幅を持たせているところが面白いですね。

今回の記事を拝見して得心したことがあります。
昔、私がハマったゲームで、アークザラッドというゲームがありました。1はものすごいブツ切れのシナリオだったにもかかわらず、2が大人気を博しました。
思えばあれも、1から2に移行するとき、データをコンバートできました。それによって前作のキャラが自分で育てた強い状態から使え、前作で集めたアイテム
も大量に使えました。
今にして思えば、あれは愛着のあるデータを存分に利用できるから楽しかったのもあるんですね。(ゲームのボリュームも凄かったけど)
3でも一応コンバートシステムは残っていました。が、2で育てたキャラの一部しか使えないし、強さもストレートに反映されず、なんだかないがしろにされた
気分でした。
それからこのシリーズは遊んでいません。(3もゲームとしては悪くないです。データ周りの印象が悪かっただけで)
これはもしかして、データ中心のゲームデザインに発展しかけたのに、開発側がそれを見過ごしたためにしぼんでしまった例なのでしょうか。

 はじめまして。
「駄研」のほうの引用部ですが、言葉が足らなかったと思い、その後に削除済です。
 解り辛い状況にしてしまって申し訳ありません。

”古典的”ゲームというのはトゲがなくていいですね。
「セガのゲームは古典的なゲームスタイルに固執しすぎている」といえばハードゲーマーからの反感も少なさそう。

やまさんに同意。
そういえば無双も猛将伝への引継ぎがお約束になってますね。
(ところで個人的には2の猛将伝の引継ぎ作業が煩雑で、以降の無双は無印しかやってません。最近のは引継ぎは楽なんですかね?)
ただ、その手のデータを引き継げるゲームは後になるほど売り上げが落ちていたと思うので(SS版ガンダム外伝、エルドラドゲート、無双とその猛将伝)、あ
まりに長く引き継ぎを繰り返すと先細る危険も抱えているのかな…とも思います。シリーズ途中からでも気軽に参入できる余地をはっきり残す工夫が必要になっ
てくるのかな…。今の時点では無双のようにシリーズが進んだらすっぱりと引き継がない、というのが妥当なところなのかもしれません。将来はわかりません
が。

なるほどなるほど、深いですな。
そういえば、ドリカスのゲームはVMと連動する必要上、
プレイデータ中心の収集系のゲームばかりでしたが、
見事に滅亡しましたな。時代を先取りしすぎたのかな。

> kuniさん
わざわざご連絡ありがとうございます。
引用部分は削除しておきました。
> まめたんさん
ファミコンミニの成功は確かにノスタルジーだけに
帰するものではない、と思います。
多くのユーザーにとって、ゲームとしての複雑度は、
ファミコンぐらいで十分、という証左といえそうです。
ただしファミコンミニが2000円という低価格で
発売されたことも忘れてはなりません。無料の
FLASHゲームに対して、競争力のある値段でした。
また、「初代スーパーマリオ」を除けば、1タイトル
あたりの売上は数万〜10数万本でした。
品揃えの勝利という面もあります。
桜井政博氏は「スマブラ」のフィギュアシステムに
見られるように、幅のやりこみを非常に重視している
クリエイターだと思います。
「メテオス」が幅のやりこみをたっぷり用意しているのも
自然な流れですね。
GCで最も売れたのは「スマブラ」ですが、
桜井氏は任天堂および周辺の開発者の中で、
”最も現代的な”ゲーム開発のセンスをもっている
人物だと思います。
GCはソフト開発者がどれぐらい古典的か?ということが
よく表れているハードでした。初期に発売された
「スマブラ」がダントツで、後続のソフトは普及台数が
増えているにもかかわらず、まったく抜けなかった。
客観的にいって「惨め」です。
遊ぶモチベーションの維持という観点でみれば、
「マリオサンシャイン」は古典的すぎましたし、
「風のタクト」はスマブラと同じくフィギュアを集める
やりこみ要素が入ってましたが、空ぶりしている
印象ですね。スマブラの表面だけなぞっただけというか。
「ピクミン2」の図鑑は、純ゲーム的な意味づけは
微妙な感じでしたが、遊ぶモチベーションを持続
させる上で、そこそこ成功していたように思います。
まぁ任天堂周辺に限らず、先日のセガやカプコンの
例のように、開発者それぞれの考え方が異なるのは
当然ですし、自然なことです。とはいえ、現実には、
売れる人と売れない人の差が出てきちゃうわけです。
売上至上主義もいきすぎれば危険ですけど、
元々ゲーム業界は売れたモン勝ちという原則で
伸びてきましたし、だから強かったわけです。
いつのまにか、売上よりも作品がどうの、テーマがどうの、
クリエイターがどうの、という不思議な価値観が
現われてきました。
豚みたいに肥えた人間が、寝っ転がって
お菓子をバリバリ食いながら、
「クリエイティブ、クリエイティブ・・・」と呟いている。
ボクの頭には、そんな光景が浮かびます。
人間、腹が満ちると、価値観が多様化したり、
目に見えない不思議な価値観を信仰しはじめます。
そして数年が経ち、いまや、日本のゲーム会社は
欧米市場でシェアを減らし、国内でも手詰まり感が
ぬぐえません。
ゲームの作り手たちの現代性、古典性に対して、
市場から厳しい評価が下されている時代だと思います。
しかしそれは、ある意味、とても健全な淘汰原理です。

日本のゲーム業界も何らかのパラダイムシフトが
求められているのでしょうね。
おっしゃるとおり、この不景気はふるいの一種
なのかもしれません。

>「2005年に任天堂があの価格であのボリュームのソフトを出したこと」
個々の記事を見て回るわけにも行かないんですが、やっぱり否定的なんでしょうかね…
DSで5年ぶりぐらいにゲームに戻ってきた身からすると、キタヨみたいなゲームが滅亡
する未来図というのもなんだかさびしいな、
と思います。
古典の復活に期待したいところですね。

> 全体的に、かなり肯定的な論調ですね。
と書かれているし、そんなに否定的ではないのでは?
未購入者や興味が無い人は、そもそも話題にしてなくて否定も肯定も無い。
DS本体の購入がまったく伸びていない事からも、既にワリオやマリオでDSを購入していて、
短期間にさらにもう1本買うヘビーユーザー層だけが反応しているように思える。
古典的なゲームは滅亡するのではなく、生息圏が商業から同人&フリー圏に移行するという見解じゃないか。

プレイデータ尊重型のゲームデザインはそれほど目新しくはないんですが、シリーズ化しないと価値が出ない(続編重視型商法)という弱点もありますね。
メタルギアソリッドやスマブラDXみたく、他のゲームのセーブデータも利用してくれると意外性があって面白いのですが。
アーケードについては、単にこれまで個人セーブデータを記録手段がなく、技術的進歩(ICカードなど)によって実現されただけのような気もする。この場合
もシリーズ化しないと意味がなくて、入れ替えの激しいアーケードではやや厳しい。
私はコンシューマ畑なのでアーケードには疎いですが、
F-ZERO GX/AX みたくアーケードとコンシューマーがプレイデータで積極的に連動してくれれば興味をそそられますね。
むしろ、いっそアーケードとコンシューマーで記録メディアを共通化してくれたら、気軽に大型筐体で遊ぶ意識も増していいかもと思ったり。
アーケードとハンドヘルド(NDS/PSP)が無線でプレイデータをやりとりできるようになれば、従来とは違った面白さが生まれるかもしれませんね。

なるほどプレイデータ中心という考え方は理解しやすいものですね。MMOで「全然プレイしてないんだけど、キャラのデータが消えるのがもったいない」と
言って月額会費を払い続けている人が散見されますが、これはデータ中心主義に陥っちゃってる患者みたいなものです。

>アーケードについては、単にこれまで個人セーブデータを記録手段がなく、
>技術的進歩(ICカードなど)によって実現されただけのような気もする。
え〜と、業務用での個人セーブデータの記録は10年以上前から
技術的には可能で、検討もされてきました。
というか、初期の業務用NEOGEOはこっそりやっていました(笑)。
他の大手がやりたいんだけど、しばらく様子見をしていたのは、
法律的に問題があるんじゃないかと恐れていたのです。
メダルゲームのメダルが店外に持ち出された場合と同じ発想で、
ゲームのデータが店外に持ち出されて、リアルマネートレードが発生したら
風営法に新たな行政の締め付けが入るんじゃないかとビクビクしていた訳です。
私も法務部に問い合わせた事がありましたが、警察の行政裁量の範囲内という事で
結論の出ないグレーゾーンでした。
今となっては、いつの間にか、うやむやの内にセーブできるようになりましたが。

DC・PSの全盛時にはカプコン・セガなんかが
記録データの共通化をがんばってましたけど、
あっという間に廃れちゃいましたなぁ・・・
やっぱりカードのように財布などに入れて
持ち歩きやすいものでないと。
携帯を記憶媒体として使えればね・・・

「幅のやりこみ」「プレイデータ中心のゲームデザイン」を
言うなら、なぜ「どうぶつの森」が引き合いに出されない
のかと小一時間(笑)

プレイデータを次回作に反映させる、っていうのは、世界初のコンピュータRPG「ウィザードリィ」シリーズから存在する(このゲームの場合、「機廚悩
成、使用したキャラクターを「供廾聞澆任盪箸┐襦法だから、決して目新しいシステムではないのがだなぁ。

話し外れるかもしれませんが、アドベンチャーのやりこみの場合、
「幅」を考えると、PCのエロゲーとか、サウンドノベルなどに
行くかもしれませんね。
(それを考えると、「アナザーコード」は古典的なゲームの
ようなので、(爆発的に)売れるかどうかは微妙?)
「逆転裁判」シリーズが評判の割に売れていないのは、その辺の
方法論の問題なのだろうか・・・。

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