正直、びっくりしました。
何がかといえば、任天堂の情報公開ぶりに。
経営方針説明会の岩田社長のスピーチの動画をネットで観られるようにしたうえ、スピーチ後の質疑応答の議事録まで公開しています。任天堂は最近、機会があるたびに、スピーチを公開しているので、そこまでは予想していたんですが、質疑応答のテキストまで公開するとは・・・・。自分たちの伝えたい事をしゃべれるスピーチはともかく、質疑応答というのは、当然突っ込まれたくない質問、嫌な質問も出てきますから、普通はあまり公開したくないものです。「ミクロ売れなかったよね?」とか、「DSにおける任天堂のシェアが高すぎる」とか、そういう質問にきちんと答えているのが印象的です。
ふーむ。アナリストでもなくても、同じような疑問を抱いている人はいるだろうから、きちんと答えておきたい、という事ですか? 実際、ここに上がっている質問は、ネットの掲示板やブログで、話題になっていた事が多く含まれていますね。
はてなブックマークのコメントを見ると、「はてな並の情報公開だなあ」といった感想も。社内の会議の様子をポッドキャスティングしたはてなにはさすがに及びませんが、一部上場の大企業という事を考えると、確かに「はてな並み」と感じるのもわかります。
広報以外でも、オープン化は進んでいるようです。ここ数年は毎年、GDC(ゲーム開発者会議)に自社の開発者を講師として派遣しています。また毎年ゲームセミナーを続けるなど、ゲーム制作のノウハウを若い世代に伝えていこうとする姿勢を鮮明に打ち出しています。ゲームセミナーの学生の作品を、WiFiステーションで配信するという事もやっていて、プロのクリエイターがうらやましがるほど。いや、まー、ボクも色んな会社の人と飲んでいると、「学生になってセミナーを受けてみたいなあ」と言う人を結構見かけます。
最近の任天堂は、ユーザーに直接生の情報を届けることを重視していますね。メディアを通すと、内容を簡潔にまとめてもらえる効用はあるものの、場合によってはよくわからないバイアスがかかる事があります。広報面で長い間苦労し続けてきただけに、メディアバイアスに神経質なのかもしれません。
メディアバイアスの一例は、「任天堂は子供向け」という印象操作です。実際に今のDSの状況を見れば、それが根拠の無い言いがかりにすぎない事は明らかです。「DSは子供向け、PSPは大人向け」というのも作られたイメージ。実際にはPSPは中高生に強いハードで、すなわち「大人になりたい」「背伸びしたい」層に売れています。可哀相なのは、メディアの印象操作に踊らされてしまった会社で、『鬼嫁』『みんなの地図』など、明らかにDS向きのソフトをPSP向けに投入してしまいました。踊らされるのが悪いといえばそれまでですが、中小規模の会社ではなかなか独自に大規模なマーケティング調査をする予算も無いでしょうから、彼らは被害者といえます。
もう1つ例を挙げます。山内氏時代の強烈なイメージが強く残っているせいか、いまだに「クローズド」「保守的」「老舗(暗にあまり科学的、現代的でないと皮肉も)」という表現を使っているライターが根強くいます。むしろ、ゲーム業界以外のライターやアナリスト、あるいはもっと直接的にやり取りをしているソフトメーカーの人たちの方が、社長交代後の変化を正しく理解しているかもしれません。
そうそう、スピーチで積極的にマーケティングデータを提示しているのも変化を感じる所です。資料に必ず情報ソースが書かれていることも大きなポイントです。これは任天堂の独自集計、これはクラブニンテンドーの集計、これは第3者機関のメディアクリエイトの集計、これは第3者機関のNPD Groupの集計、・・・・。
ゲーム業界の一部には、自分に都合のいい数字ばかりを発表する会社があって、情報ソースを出さずに自称マーケティングデータを乱発しています。そのせいで企業が公式に発表したグラフはすべてうさん臭いく思われがちです。多くのゲーム会社にとって、いい迷惑ですよね。あたかもゲーム産業全体が嘘つき集団のように思われてしまいます。
今の時代、多くのネットユーザーは企業の公式情報やマスメディアの情報に強い不信感を抱いています。徹底して情報ソースを明示する姿勢は、そういう空気をきちんと読んでいますね。ゲーム会社の広報ならびに経営者にとって、参考になる方法論ではないでしょうか。
さて、この中で興味深い発言はいくつもあると思うのですが、例えば、竹田玄洋氏の以下の発言(Q13)。内容はいわゆるプロセッサ性能至上主義の崩壊という事なんですが、その認識に至るまでの、技術屋としての率直な気持ちと感慨を述べているのが目を引きます。「当たり前のことに気がつくのにものすごく時間がかかった」「ある意味では目が晴れたというか、見通しがたったというか、そういう気持ち」。
技術屋というのはどうしても、よりすごいもの、より早いもの、より最先端をというそういう形を望むのは当然なんだけれども、色んな技術が色んな方向に向かって、色んなものがあるんだと、色んな方向に技術っていうのはあるんだよ。特に遊びの分野でエンターテインメントっていうのは同じ方向の一直線上のいわゆる半導体の「ムーアの法則」に従った形で、一直線上に行った場合はやっぱり飽きてしまうんだよね、別に新しくも何もないんだよねと当たり前のことに気がつくのにものすごく時間がかかったっていうのが現実です。そこを越えた以上はこれから本当にあらゆる方向にあらゆる楽しいことを実現させるための技術をもとに実現していきたいという、ある意味では目が晴れたというか、見通しがたったというか、そういう気持ちで、今おります。
もう1つは、岩田社長の以下の発言(Q8)。
あとインターネットに関しては、最近インターネットを見ていますと、例えば「Web2.0」なんていう言葉が非常によく使われるようになっていて、インターネットの世界も新しいフェイズに入ったと、去年ぐらいからハッキリ言われるようになりました。興味深いのは、Web2.0という環境変化に対してWiiConnect 24を打ち出そうとしている、という発言です。詳細はまったく不明なものの、WiiConnect 24は任天堂版Web2.0とも取れるわけで、色々と想像をかき立てられます。昨年末のWiFi Connectionと『おいでよ どうぶつの森』はWeb2.0関係の人たちの間でも、大変話題になったようで、mixiと比較されたりしていましたが、WiiConnect 24もWeb屋さんから大きな注目を集めるのかもしれません。
そういう環境の中で、「5年前10年前からあった『インターネットに繋いで人と競争するんだ』という遊びの提案だけで良いんだろうか?」という認識があるものですから、私たちは例えばWiiConnect 24を作り、人と人とが情報をシェアしていくような遊び方があるんじゃないかと。
補足
ネットマーケティングの事例として、アニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』が話題になる現在、もはや「ここからはアニメの話」「ここからはゲームの話」「ここからはWebの話」という区分けは無意味になりつつあります。ちなみに、今時Web2.0という言葉を一度も聞いたことが無いというゲーム開発者は、いないとは言いませんが、さすがに少ないはずです。あえて口にする人は少ないんですけどね。
携帯ゲーム機はDSもPSPもネットに繋がりますし、仮に自宅に環境が無くてもホットスポットまで運んでいけば使えます。次世代据置ゲーム機も、オンラインに標準対応しています。そういうご時世に、インターネットの地殻変動である「Web2.0」を見た事も聞いた事もないというのは、ちょっとありえません。Web2.0という言葉はWeb屋さんの言葉で、ゲーム開発用語ではありませんから、企画書や仕様書にはふつう出てきません。ですが、目の前で起きている変化ですから、意図的に目をつぶろうとしなければ、何らかの形で目にします。
Posted by amanoudume at 2006年06月12日 01:02 個別リンク
コメント
任天堂の経営方針説明会の質疑応答、竹田専務の発言にかなり心を打たれました。
技術者の方が生き生きとしているのを見るのは非常になんというか、気持ちのいいものです。
Wiiはゲーム機としてのバランスを重視して構成されたハードに見えますが、「ゲーム以外の機能」(いや、「ゲーム以外にも使えるはずの性能」か)を強調するPS3と較べても、かなり「ゲーム以外のこと」が優秀に行えるハードであるのは間違いなさそうです。
2chゲーム・ハード板にひっそりとこんなスレッドがあるのですが、
Wiiは玩具の皮を被ったSTB 2
http://game10.2ch.net/test/read.cgi/ghard/1148803316/
こういったリビング用ネット端末としてのWiiの可能性はどんなもんでしょうか。あるいは、そもそもゲーム機がネット端末になるということは予定調和なのでしょうか?
XMB上でブラウザを提供するらしいPS3、
ブラウザの提供があるのかはっきりしないXBOX360、
Operaの搭載されるWii
三社三様ですが、年末が非常に楽しみです。
投稿者: 匿名希望 | 2006年06月13日 22:01
ムービーはまだ全部見ていない状態ですが。
率直に言って、任天堂の実績がすさまじいのでこういうことが出来たということはあると思います。しかしながら、ネットの特性が良く分かっているというか、良く研究しているし、凄い大胆さと自信だと思います。
旧来のメディアバイアスがかかった情報しかない世界よりも、直接的な声の届くネットの場合、対応する個人・組織の『誠実さ』がなにより重視されますし、ネットの情報検証能力を甘く見た個人・組織が想像以上のしっぺ返しを受けた例は私が挙げるまでもないでしょう。キャッチーさが逆に味気ない、記者が編集した部分的な情報でなく、どういう文脈でどんな感じでその発言を行ったかという一次情報を見れるのは、ユーザー、メーカー共に利益になることだと思います。
あと、単純に岩田氏のプレゼン自体が面白いですね。
まあ、あくびの出るようなプレゼンならばメディアの要約で十分だと思いますが、このプレゼンのムービーは見ても損はしないと思いました。そう考えると、このムービーも一種のコンテンツということですね。消費者としては、売る側に感情移入してしまう恐れがあるような気もしますが、今まで記者が行っていた第三者的な視点での検証はネット上でいくらでも行われるでしょうし、今後、こういう流れが大きくなると嬉しいです。
投稿者: bin3336 | 2006年06月13日 22:46
任天堂の経営方針説明会が
準備も含めて時間を費やしていること、
その内容が質疑応答も含めて
公開されていること、
これらと任天堂の外国人株主比率が
高い、は無関係ではないと思います。
ゲーマーだけがゲーム(株式)会社を
支えているわけではない、という一面。
ゲーム会社の経営(方針)を
見つめているより冷静な外部の視線が
あればあるほど、
またその視線を意識できる冷静な
内部の意識があればあるほど、
ゲームはよくなっていくのでしょうか?
そこがこれから分かっていくことなのでしょう。
どこかの会社も外国人株主比率が
多いのですけど、いまいちこの
外部の冷静な視線を意識した
内部の意識が外から見てわかりづらい。。。。
投稿者: ぶらりん | 2006年06月20日 11:18
>ぶらりんさん
> これらと任天堂の外国人株主比率が
> 高い、は無関係ではないと思います。
無関係ではないのかもしれませんが、山内前社長の頃も外国人
株主の比率は高かったわけで、変化の一番の要因は社長の交代
でしょうね。
外国人株主が多い少ないがゲームに影響を与えるとは思いません。
社長の交代の方がよほど大きいでしょう。
投稿者: DAKINI | 2006年06月20日 21:18